私のエッセイ

2017.02.17更新

時は、平成7年1月17日午前5時46分、何が何だか分からぬ時間が過ぎて行った。その半ば夢、半ばうつつの中で、私は一瞬“死が来た”と思った。と同時に、私は隣のベッドの妻を確かにこの両腕に抱きかかえていた。それから数日して漸く我が家族にも人心地が戻ってきた或る日の夕餉時、妻と子供を前にして、これまで夫として当然のことだと思って口に出さないでいたあの時の美談?を初めて披露に及んだ。ところが鸚鵡返しに帰ってきた妻の返事に私は暫く言葉を失っていた。「何言ってるの。お父さんはあの時ベッドにしがみついていたじゃないの」------ そう云えばあの時間帯でのパニックでは、夢と現実の交錯があっても不思議ではなく、あの瞬間の私の記憶は、妻が私よりひ弱か否かは別として、極限状態での妻を守らなくてはという夫の義務感が顔を覗かせた一面の錯覚であったのかも知れない。また実際に精神科医の友人の話によると、被災者の地震後の記憶の中にはかなりの部分に錯覚があるということで些かほっとはしたが、私の場合、家族を前にして首長としてはかなり面目ない錯覚ではなかったろうか。私にとって、あの地震が大きな“青天の霹靂”ならば、妻の返事はまさしく小さな”青天の霹靂“であった。
   あの地震の3ヵ月後の深夜、震度4の地震があった。暫く地震から遠ざかっていたせいか、意識下の恐怖が強烈に甦ってきた。ここで私は漸く夫権を取り戻し、同時に帳尻を合わせることにも成功した。私は腕の中にタシカに妻を受け止めていたからである。
                              (平成7年)

投稿者: 中野産婦人科

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